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はじめに
ぼくがツリーハウスを作っている森は渥美半島の山の中腹に位置している。木の上からは三河湾が望め、夕日が海に沈む美しいところだ。
森のひらかれたところは子供を対象に屋外での教育活動が行われる森の学校となっている。
ツリーハウスに憧れを抱いていたころ、そこの学校の先生から、あのどんぐりの木の上に子供たちの遊び場を作ってみてはと勧められた。
ぼくはその時、木の上にかかった巨大な鳥かごのイメージがわいてきた。それは丸い形をした人間の巣と呼んでもいい。
木は風に揺れ、動き、しなる。ツリーハウスも揺れに同調する柔軟でしなやかな方が木にとってはやさしいと、ぼくは直感でそう感じた。
山頂から三河湾を望む
渥美半島の付け根にある山
その中腹にツリーハウスがある
ツリーハウスの模型
そんなツリーハウスにふさわしい骨組みを、ぼくは以前から見つけていた。
三角形の骨組みが連続してつながり立体的に空間を包み込むことのできるパターンだ。
実はこれを考えたのはレオナルド・ダ・ヴィンチで、彼がスケッチ帳に描いているわずかなアイデアの断片から導くことができる。
歴史上では長い間誰もそのアイデアの意味するところや価値を見出せずにいた。だが、近年実物として再現され実験してみるとダヴィンチの考えていたことがだんだんと明らかになってきた。
それは骨組みの幾何学的なパターンが生み出す柔軟でしなやかな強さだ。
ダヴィンチ・グリットとも言われるその格子パターンは基本となる三角形の格子の連続からなり、その頂点に当たるところは四角形以上の多角形におさまる。
ダヴィンチ・グリッドといわれているその形状は基本となる三角形の連続からなり、
平面的には限りなく広がっていく。
ダ・ヴィンチのスケッチ画(アトランティコ手稿P899)に描かれた骨組みパターン、その一部拡大図
2003年発表された原本の翻訳によれば、ダ・ヴィンチは、短い材料で短期間に大きな格子構造を作りその上に布をかぶせる記述を遺している。その目的は不明である。
同年、イタリアで数学・建築・彫刻の専門家グループがこのスケッチや記述をもとに再現した結果、緩やかな円弧を描く巨大なドーム状の構造を作ることができた。一時的な緊急用避難ドームを考えていたのではないかとの結論に至る。
時を前後して建築構造の分野では、同じように短い材を互い違いに織なすことで柔軟かつ強度の出る構造が注目されつつあった。
その形態の多様性は変化に富み、古代より編む構造として世界共通の言語のように各民族で応用されてきた。
西洋では組石造の文明とあってほとんど見ることもなく今日まで来ているが、東洋においてその流れは軸組み構造の一部に見つけることができる。
2007年、それらは総称してレシプロカルフレーム建築として文献に収めらる。
その中でダ・ヴィンチの考えていたアイデアは原理を幾何学的に展開した原初的形態として位置付けられている。
はじめは骨組みの絵図をボードに描き、それとて見比べながら進める。頭とイメージと体がなかなか一つにならないのだ。そうこうしているうちに骨組みの性質には一定の規則性があることに気づいてくる。格子の大きさ・三角形の集まる数・中心の空間の大きさなどを調整することで形ができていくことに。
三角形が六つ集まるところはその中心に六角形の空間が生じるが、立体となると形によっては集まる三角形が減ったり増えたりして、その中心の空間には四角形や五角形が、場合によってもっと角が増えることもある。
ぼくはこのアイデアを木の上でツリーハウスとして試してみたくなった。
【骨組みのスタート】
互い違いに交差してつなぐ
一本の骨が二つの三角形の一辺を共有する
交点は1:2を基本とする
骨組みが三角形の格子になるようにつなぎ同時に安全な足場や手すりにしながら作業していく。
それと並んで、この巨大な巣を支える木がどのくらいの重さに耐えられ、バランスを保てるかを考えながらの空間づくりになる。図面などもちろん描けない。むしろ木に対する感や想いが大切で、「巣」を木と一体化しようとすれば、その形は幹や枝ぶりにそったものになるから面白い。
骨組みの材料は森の木を間伐したときに出てくる腕ぐらいの太さの幹や枝。それを片手でも持ち上げることのできる長さに切りそろえ幹や木の又に掛けて結束していく。
骨組みが三角形の格子となるようにつなげ、同時にそれが足場や手すりとなるように安全を保ちながら作業していく。
この木にかかる巨大な巣のかたちは一定ではない。幹や枝の張り具合、最終的に木がどれくらいの重さに耐えられるか、バランスを保ちながら作っていく。
骨組みの側面は天井をつくるまで揺らぎがちだが、天井で完全につなげると全体的な強度と張りが出てくる。
その後この骨組みに雨や風除けのカバーを取り付けることになるが、今まで様々な素材を試みてきた。
なるべく軽量な素材が木には負担がかからない。主に合成素材ではプラスチックの波板、天然素材では板材などを試してきた。
しかし最終的には日本の風土に合う茅葺きがもっとも適していることに気付いた。
湿度を抑えて温度を一定に保ち断熱効果に優れている。多年草だから毎年採れ、上手に使えば20年くらいは持つ。張り替えた後は森の木々に栄養を与えてくれる。
それに強い風のあるに日はツリーハウスの中にいると船に乗った感覚だが、茅材のかすれる音が一番耳に優しい。
試行錯誤と幾つもの試作を経た現在、ぼくは茅張りの本格的な準備に取り組んでいる。
交点の比を調整することで三角形の大きさを変え、骨組みの角度を変え、ハウスの大きさを調整する。
【木の上でスタート】
骨の両端同士つなげるやり方では頂点に力が集中して外れやすい。
それに対し、頂点にあたる所を分散させる互い違いの組み方は、かかる圧力を分散する。
A.図では六角形だが、四角形以上のグリッドを用意する
B.木の上で組み、最初の足場とする。
C.二本の骨組みに3本目を組み付け、回りを三角形のグリッドにする
このことは、人の手を使った実験を例にすれば体感することができる。互い違いに手を組む方が外れにくい。
骨組みの要領がわかってきても、「巣」の空間を広げる段になると今度は容易に身体がついていけない。足場は不安定だし、その上でバランスを保ちながら作業することに慣れていないからだ。
木の上では身体バランスが要求される。その上、普段使われていない筋肉の動きやストレッチがなされてアスレチックなみの運動になる。
森に入るのは寒くなってから、まだ秋にはスズメバチも飛び交っている。年末に始めた骨組みも週末森に通いながら春には佳境を迎え、ゴールデンウィークには友達も手伝ってくれた。
骨組みを下から仰ぎ見る。
茅葺きによる完成予想図
ツリーハウスを作り始めてからぼくは支えてくれる木のことを深く考え意識するようになってきた。その木が根を張る森や地球のことも。
「すべてのものが他のすべてにつながっていることに気づきなさい」
レオナルド・ダヴィンチ
“ Realize that everything connects to everything else.”
eonardo da Vinci
骨組みの完成
この空間ができてしまえば、しめたもの。とはいっても、・・・外壁を張らなければならない。しかも梅雨前までには。
内部の様子を描く。
はしごを登り、ハウス
の底の入り口から中に入る。地上に建つ家のようにサイドに入り口を設ける必要はなく、そのほうが安全である。
床材を貼るところは、立つところ、座るところ横になるところなど、必要なところだけ。
いろんな素材をためしてみた。先ずは麻布や麻袋を張ってみた。軽く安価で扱いやすいが防水塗装をするとなると「巣」の外側に出ての作業となり、それはあまりにも危険となるために断念した。
むしろこの素材は最終段階で「巣」の内側に内装材として張り付ければ見栄えが良くなるだろう。
次に試みたのは、余っていたプラスチック。雨を通さないロール状の波形シートを被せる。しかしこれは異物となった。(翌年この地を通過した台風は無残にも海側に面した波形シートを剥ぎ取っていった。あたりには散乱したゴミが散らばることになった)
次に、板葺き屋根を参考にして応用してみたが、これが予想以上に重くなることが分かってきて途中で断念。
最終的に茅葺を試みることで、もっとも適した素材だと気づく。
波形シートですべて覆う。
軽量で安価な材料だったが、翌年襲った台風で無残にもほとんど剥ぎ取られる。
茅葺きの作業風景、内部にて。
いろいろ試してみたけれど、プラスチックも板材も作る過程や処分でかなりのゴミを出してしまうことに嫌気がさしていた。そんなとき、一見丈夫そうでない自然素材の茅葺きにを思い出した。しかもゴミが出ない。それに日本の風土にもっとも適しているのではないか?という大事なことを最初から忘れていたのだ。
内部に取り付けられたベンチ。
内部より外装材のシートを取り付ける。
すべての作業を骨組みの内側で行うことができる。これがこのツリーハウスの一つの特徴である。籠のような骨組みがそれを可能にしている。
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【参考文献】
Nexus Network Journal 10,1:Architecture and Mathematics
茅の庇ができ、窓から海を眺める。
ちなみに試作にはずいぶんお金と時間をかけてしまった。でも、試作を抜きにして最終的な茅葺きの「巣」だけに関してだったら、骨組みをつなぐ木ねじや縄のほか、DIYの道具・工具などそろえても数万円ほどできるだろう。
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【参考文献】
Reciprocal frame architecture